フルトヴェングラーとバイロイトにおける《ベートーヴェン第九》
「ヴィルヘルム・フルトヴェングラー」「バイロイト音楽祭」「ベートーヴェン《交響曲第九番》」
この三者が結びつくとき、そこに生まれる音楽は単なる名演奏を超え、20世紀音楽史そのものの証言となります。
本記事では20世紀のもっとも偉大な指揮者の一人、フルトヴェングラーが遺した《第九》の本質を、特にバイロイト音楽祭との関係性から解説し、バイロイト盤を含め、鑑賞価値の高いCDを3点厳選して紹介します。

バイロイト音楽祭とは?
バイロイト音楽祭は、作曲家リヒャルト・ワーグナーが自作の楽劇(オペラ)を理想的な形で上演するために1876年に創設した、世界でも特別な音楽祭です。
会場はワーグナー自身が設計したバイロイト祝祭劇場で、独特の音響と舞台構造を備えています。
毎年7〜8月に開催され、上演されるのは基本的にワーグナー作品のみという徹底した方針が特徴です。
独特の音響と高度な芸術性を求めて世界中のファンが訪れます。
この音楽祭はヒットラー率いるナチス政権に強く庇護されていたため、第二次世界大戦終戦後中止に追い込まれ、1951年に再開されました。
フルトヴェングラーとバイロイト祝祭劇場
バイロイト祝祭劇場は、ワーグナー作品のために設計された特殊な音響空間です。
指揮者による演奏の統率よりも、音楽が自律的に生成される場とも言えるこの空間は、フルトヴェングラーの音楽観と本質的に共鳴します。
彼は拍節的な明確さよりも、楽曲全体の「呼吸」「生成と崩壊」を重視した指揮者であったといえます。
そのため、バイロイト祝祭劇場の深く、混濁を恐れない響きは、《第九》における精神的スケールを最大化するのです。
フルトヴェングラーの《ベートーヴェン第九》解釈
フルトヴェングラーの《第九》は、全曲を通して決して均質であるとは言えません。
テンポは大きく揺れ動き、クライマックスは常に「予定調和」を拒みます。
特筆すべきは第1楽章と終楽章です。
第1楽章では主題が闘争的に生成され、終楽章では「歓喜」が理念としてではなく、人間的苦闘の果てに獲得されるものとして提示されます。
この解釈は、音楽を精神と結びつけるタイプの聴き手の心には、深く刺さるでしょう。
バイロイト録音の歴史的背景
フルトヴェングラーのバイロイト録音は、政治的・歴史的文脈を避けて通れません。1951年、戦後連合軍により禁止されていたバイロイト音楽祭が再開され、その幕開けを飾ったのがフルトヴェングラー指揮によるベートーヴェン《交響曲第9番》。この演奏は、単なる名演を超え、「20世紀の音楽的精神史を象徴する録音」とまで言われています。
この再開記念演奏は、戦後ドイツの精神的再出発を象徴する行為であったことは間違いありません。
モノラル録音であり、音質面では難点があるものの、それを補って余りある緊張感と集中度が記録されています。
フルトヴェングラー《第九》おすすめCD3選【決定版】
バイロイトで演奏された歴史的なフルトヴェングラーの《ベートーヴェン第九》。
しかしフルトヴェングラーが指揮した《第九》でも、その時々の演奏によって印象が大きく変わります。
ここでは、演奏の解釈や特徴、そして音質の良し悪しを含め、特に評価の高い3つの名盤を厳選して紹介します。
ジャケット写真とともに、それぞれの魅力を分かりやすく解説します。
① 1951年 バイロイト音楽祭でのライブ録音 バイロイト祝祭管弦楽団【最重要盤】

バイロイト音楽祭再開記念演奏として知られる歴史的録音。
音楽性と精神性が強く結びついた瞬間の記録。
精神的集中度:★★★★★
音質:★★★☆☆(あまり良くない)
第三楽章の美しさは比類なし
こういうリスナーにおすすめ!:フルトヴェングラーの核心を知りたい方
② 1942年 ベルリンでのライブ録音 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

戦時下であるためか、異様なまでの緊張感と推進力を持つ演奏。
ソプラノ・アルト・テナー・バリトンの出来栄えもすばらしい。
ドラマ性:★★★★★
音質:★★☆☆☆(1942年の録音のため、音質の悪さはいたしかたなし)
終楽章の緊迫感は随一
こういうリスナーにおすすめ!:劇的《第九》を求める方
③ 1954年 ルツェルン音楽祭でのライブ録音 フィルハーモニア管弦楽団

晩年の境地を示す、内省的かつ透徹した名演。
ドラマ性は影をひそめ、内面を見つめるような表現。
構築性:★★★★★
音質:★★★★☆(モノラル録音としては非常に良い)
精神的静謐さが際立つ
こういうリスナーにおすすめ!:成熟した解釈を好む方
まとめ:どの《第九》を選ぶべきか
フルトヴェングラーの《ベートーヴェン第九》は、どの録音においても「正解」を提示する音楽ではありません。
それは常に問いであり、聴く者の人生経験によって意味を変容させていきます。
まずは1951年バイロイト盤から入り、次第に他の録音へと広げていくことを強くおすすめします。
またトスカニーニ、ワルター、ベーム、カラヤン、バーンスタインや、新しいところではアーノンクール、ガーディナー、ブリュッヘンなど他にも多くの指揮者による素晴らしい《ベートーヴェン第九》の録音があります。
それらの話はまた別の機会にしたいと思います。
文/キムラ ジュン


